シリーズ 戊辰の残像 (32) 笠井 尚著

十 白虎隊 E 〜武器は旧式、階級制が障害に〜

 鳥羽伏見の戦いで惨憺たる敗北を経験した会津藩は、もはや槍ではなく、鉄砲であることにようやく気づいたのでした。しかし鉄砲といっても、会津藩が保有していたのは大半がゲーベル銃でした。雷管はssyであっても、口ごめで円弾を使用しており、命中率も悪く、旧式になっていたのです。歩兵が射列をつくって、敵が射程距離に入ったら一斉射撃をするしかありませんでした。その程度の武器では、元ごめでライフルであった西軍に太刀打ちできるはずがありませんでした。ライフルとは、弾丸に回転を与えて命中精度を高めるために銃身の内部に螺旋状の刻みをつけることで、所期の銃にはそれがありませんでした。弾も椎の実の形をしたものになり、歩兵が散らばって射撃をして効果を上げるまでになっていたのです。
 会津藩は、その編成替えによってたんじょうした最精鋭の朱雀隊を第一線に振り向けるとともに、それに続く戦闘力がある青龍隊を国境警備に張り付けたのでした。白虎隊と玄武隊は、予備隊として広報警備に当たっていたのでした。しかし、階級制度のやかましい会津藩にあっては最初から限界がありました。その隊編成も親の身分によって、士中、寄合、足軽に区別されたからです。
 会津藩には紐(ひぼ)制というものがあって、それが十一にも分かれて、身分を固定的なものにしていました。例えば士中であれば、納豆色、黒色、紺色、花色の羽織の紐が許されていました。また士中だけが殿様へお目通りが出来る上級武士でありました。これに対して、寄合は茶色、萌黄色、浅黄色の紐であり、足軽は黒色、大和柿色、白鼠色、浅黄色の半襟を付けていたのでした。敵を目前にして、団結を第一にすべきであるのに、古くからの因習がそれを妨げたのです。



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