シリーズ 戊辰の残像 (34) 笠井 尚著

十 白虎隊 M 〜全員が自決によるにあらず〜

 飯沼の証言は、その意味ではなかったのだと思います。それだけに、その後の調査によって、人数が増えることにも、異論があるはずがありません。しかし、同一の場所で、同一の時間に二十人が自刃したと云うのは、色々な資料を総合しても、無理があるようです。
 その数については、埋葬された遺体で判断する以外にありません。牛ヶ墓村肝煎りの吉田伊惣次は、飯盛山中腹、つまり、自刃の地といわれている所の四体を、妙国寺に葬りました。このために、吉田が西軍から取り調べを受けたのでした。それだけに、四人というのは無視できません。
 また、白虎隊の埋葬者の数は、妙国寺に伝えられている話では、九人であったとも言われています。それと符号するかのように、その当時仏師であった大橋知伸は、白虎隊の霊を弔うために、木彫の人形をつくっていますが、それは九体でした。飯盛山の墓地に埋めたという言い伝えもあり、妙国寺だけでは判断できませんが、客観的なデータが乏しいのです。一ヶ所で、少なくても、十五、六人の遺体が確認されていなければならないのに、実際はそうではなかったのです。



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